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Adeus, Pai さよなら、父さん/現実と空想の狭間

ポルトガル映画 (1996)

“いつも不在の父と幸せに暮らせたらいいな” というフリップの空想の世界を描いた作品。「息子が大好きな父親が欲しいと思った息子がいました」という、お伽噺の世界でもある。しかし、映画の冒頭から1時間7分にわたって観客が見せられるのは。その空想の世界。父は末期の肺癌のため、かつて愛したポルトガル領アゾレス諸島で死のうと思い、これまで一顧だにしなかった13歳になるフリップへの謝罪を込めて、素敵な夏の旅行に連れて行く。そこで語られる父の数々の “告白” は、フリップにとってショックだった。しかし、楽しい側面も。フリップは、島で、少し年上のジョアナという少女と親しくなることができた。しかし、少女はアメリカへと去り、その直後に、父との今生の別れ。これだけで完結したストーリーになっているのだが、観客が衝撃を受けるのは、すべてがフリップの空想の産物だったと分かるラスト。空想の中に登場した人物は2つに分かれる。1つは、父とジョアナ。空想の中では、現実と違って優しくしてくれる(父は、義父の弁護士事務所の跡取りとなり仕事に邁進、ジョアナはフリップの近くに住んでいる高嶺の花)。残りは、フリップの周りにいる人々。学校の冷淡な担任(サマーハウスの愛想のない家主)、学校の意地悪な守衛(邪魔ばかりする浮浪者)、本屋のレジにいつも座っている店主(両足のない傷痍軍人)、サッカーに連れて行ってくれる医者の専属運転手(親切なタクシー運転手)、不満顔の女中(むっつり顔のウェイトレス)。これら5人が、それぞれ似たような役で空想の物語に入り込んでいる。映画の撮影はアゾレス諸島のサンミゲル島とテルセイラ島で行われた。中でもメインは、前者のフルナス湖(Lagoa das Furnas)の湖畔。

帰宅が遅い多忙な父とほとんど接触したことのない13歳のフリップが、家で顔を突き合わせるのは、有閑マダムで財産家の母と、人一倍口うるさくて、何かと父子に批判的な母方の祖母の2人。夏の休暇に入ったある夜、父がいきなり部屋に入ってくると、2人だけでバカンスに行こうと声をかける。そんな突飛な行為に対する母や祖母の反応は一切紹介されず、映画はいきなりポルトガル領アゾレス諸島に飛ぶ。そこで、フリップは、楽しいサプライズと悲しいサプライズに遭遇する。楽しい方は、父が借りたサマーハウスのすぐ近くの館で素敵な女性ジョアナに出会い、一目で好きになったこと。悲しい方は、父の余命が数ヶ月と知らされたこと。ジョアナと弟のペドロは、父の離婚を止めるためにアメリカに行こうとしていた。フリップは思い切って愛を告白するが、肯定的な返事は得られたものの、2人はアメリカへと旅立つ。父と和解したフリップは、これまで聞きたくても聞けなかったことをいっぱい質問し、父を困らせる。また、島で過ごすうち、フリップは、優しいタクシー運転手、楽しい傷痍軍人のようなプラスの人たちや、何となく暗いサマーハウスの家主、意地悪ばかりする浮浪者のようなマイナスの人たちとも出会う。そして、父との永遠の別れ。父を島に残してリスボンに戻ったフリップが、学校の授業で書いたレポートが、夏の思い出を書いた「さよなら、父さん」。ここまでのストーリーは、思春期の多感な少年のひと夏の出来事を描いた、ある意味普通の映画のように思える。観客がびっくりさせられるのは、ラストの11分間。フリップがレポートを提出した後の異常な展開だ。最初は、一体何事が起きているのかさっぱり分からないが、アメリカに行ったはずのジョアナが登場し、しかも、フリップと初めて会ったことが分かると、事態は一気に急転する。そして、島で死を待っているはずの父が、今まで通りの “仕事の鬼” として登場した段階で、すべてはフリップの空想の産物だったことが判明する。「あっけない」「卑怯だ」という感想を持つ人もあるかもしれないが、その独創性には脱帽せざるを得ない。フリップにとって身近な7人が、空想の世界でそれぞれの役を任されているところも、発見する喜びがあって楽しい。あらすじの作成にあたっては、それがはっきりと分かるよう 配慮した。

アフォンソ・ピメンテル(Afonso Pimentel)は、1982年8月4日生まれ。映画の撮影は1996年の7-8月なので、ちょうど13歳から14歳にかけてとなる。映画初出演で主演。難しい役どころだが、見事に映画を主導している。現在もTVを中心に活躍している。

あらすじ

映画は、フリップ〔Filipe: 間違いだらけのウィキペディアには「フィリペ」と書いてあるが、映画の中での発音はフリップ〕の独白から始まる。「今年の夏休みはいつもと違っていた。生まれて初めて 父さんと一緒に過ごしたのだ。いつもは、母さんとお祖母ちゃんとシントラ〔リスボンの西郊〕で、お祖父ちゃんの古くておっきな家に 夏中ずっといるだけなのに」。フリップは、夜、ベッドに横になり、ゲーム機に熱中している(1枚目の写真)。「家では、父さんの顔なんか見たことがない。帰りがすごく遅いから、僕はもう寝てるんだ。でも、今回は違った。父さんは旅行鞄を持って、僕が起きてるうちに部屋に来て、こう言ったんだ」。父:「フリップ、今年は 一緒にバカンスに行こう。2人だけで」(2枚目の写真)。「すごくびっくりしたから、言葉が出てこなかった」。「行きたいか?」。「もちろん。飛行機で行くの?」。「そうだ。父さんがこれまでに行った最高に素敵な場所を見せてやる」。
  
  

場面は、すぐに飛行機の中に。リスボンからはアゾレス諸島のサンミゲル島まで定期便が飛んでいる〔飛行時間2時間半弱/東京~那覇間より若干短い〕。「飛行機に乗るのは初めてだったけど、怖くはなかった。父さんが僕を連れて行きたがったのは、アゾレス諸島。父さんは、飛行中ずっと眠ってた。バカンスの間も、ずっと寝てるんじゃないかと不安になった」。そして、着陸に伴うベルト着用の機内放送があり、父が目を覚ます。そして、意外な言葉。「着陸するまで手を握っててくれないか?」。フリップは、嬉しそうに父の手を握る(1枚目の写真)。「島に着いて、父さんが最初にしたことは、新聞を幾つも買ったことだった。僕は、クレヨンとメモ帳を買うことにした」。父:「なんで 持って来なかった?」。「何か描きたくなるかもしれないから」。「いつ気付いた?」。「父さんが 新聞をいっぱい買った時」〔父が新聞を読んでばかりいると、暇ですることがなくなるから〕。2人はタクシーに乗る〔首都ポンタ・デルガーダ(Ponta Delgada)のすぐ西にある国際空港に着いたのに、次のシーンでタクシーに乗る場所は 何故かすごく田舎〕。「タクシーの運転手は、優しい目をした 背の高いアフリカ人だった」(2枚目の写真)。父は、「シントラの方が良かったか?」と訊く。「ううん」。「お祖母ちゃんや母さんが恋しくないか?」。「どうして? 一年中顔を突き合わせてるんだよ」(3枚目の写真)。
  
  
  

タクシーは、石の塀で囲まれた一軒のサマーハウスに入って行く(1枚目の写真)〔このロケ地は、恐らくテルセイラ(Terceira)島。理由は石の塀〕。2人はオーナーの女性に案内されて家に入る。「僕たちは、パウラさんという女の人の家に滞在することになった。パウラさんは片足を引きずり、時々、眼鏡に手をやるところが、担任の先生を思い出させた。家は、僕の家より小さくて貧相だった。家具が少なく、シンプルでこじんまりとしてたけど、よく手入れされていた」。フリップが、食堂の壁に掛けてある絵を見ていると、パウラが絵の説明を始める。「それ、私の父よ。スペイン内戦で亡くなった。私がまだ3つの時ね」(2枚目の写真)「何も覚えていないわ。抱かれた覚えも、“お話し” を聞いた覚えもないの」。
  
  

夕方になり、2人は、食堂でパウラ手製の料理を食べている。父が、「この家、気に入ったか?」と尋ねると、フリップは 賛成しているようには あまり見えない顔で父を見て(1枚目の写真)、何も言わずに肩をすくめる。「おしゃべりする気分じゃないか?」。しばらくして、フリップが、パウラが子供の時、父から “お話し” を聞いたことがないと言ったことを思い出し、「父さんが小さい頃、お祖父ちゃんは “お話し” してくれた?」と訊く。「したとも」。「面白かった?」。「親父は “お話し” をするのが大好きだった。“語り手” がいないような人生は最悪だって言ってたな」。ここで、フリップは、また話題を変える。「なぜ、僕をここに連れて来たの?」。「会う機会がなかったから」。「分かってるよ。だけど、なぜ こんなに突然?」。「13歳の息子がいるって 突然気付いたんだ。父は息子のことを知らないし、息子は父のことを知らない」(2枚目の写真)。
  
  

夕食が終わり、フリップのベッドの脇での会話。「フリップ、父さんは一度もお前に “お話し” をしてやらなかったが、それは 知らないからだ」。「“お話し” ぐらい、誰でも知ってるよ」。「お前にしてやれなかったことが山ほどある。だから、この休み中、父さんは 毎日お前と一緒にいるからな。明日は何がしたい?」(1枚目の写真)。「さあ…」(2枚目の写真)。「釣りはどうだ?」。「いいよ」。その後、父は、フリップが読もうとしていた本に気付く。「読書は好きか? 書く方もか? 日記は持ってるか?」。「ううん」。「父さんは、お前くらいの年の頃 一冊持ってて、起きたことを何でも書いた。始めたのは、親父が死んでからだ」。
  
  

翌日、新品の防水ズボンを履いた父は、新品のルアーロッドを手に、フリップと一緒に突堤の先端に行く(1枚目の写真)。そして、如何にも慣れたように、ルアーロッドの先端に毛針を付けようとするが、誤って指を刺してしまい、フリップは思わず クスクス(2枚目の写真)。そのあと、釣り糸を規定通りの長さに延ばし、キャストしようとするが、基本動作の ”周囲の確認” を忘れたため、フリップが下に置いた釣り道具入れの箱に 毛針が引っ掛かり、バランスを崩して海に転落する(3枚目の写真、矢印は父のルアーロッド)。
  
  
  

父は、風邪を引いたのか、ベッドに横になり、口に体温計を入れている。口から抜いて温度を見たフリップは 「大したことないよ」と言い、サイドテーブルに置いておいたコーヒー・カップを渡す(1枚目の写真)。父は、一口飲んで、「熱いし苦い」と文句。「体にいいと思ったから」「ちょっと眠った方がいいよ」「ちょっと散歩してくる。心配しないで、迷子にならないから」。そして、最後に付け加える。「今まで、“釣り” やったことある? 僕のためにわざわざやってみせたの? 喜ばすためだけに、知らないことまでしなくたっていいんだよ」(2枚目の写真)。
  
  

映画では、このあと、フルナス湖の全景が映り、さらに湖畔の瀟洒な館が映る(1枚目の写真)〔サマーハウスは平坦な土地に建っていた。ところが、フルナス湖はカルデラ湖なので、周辺が山に囲まれている。地形が全然異なるので、本当なら “散歩” ぐらいで近づけるような場所ではない〕。この館は、2枚目の写真の右側の建物(Casa da Lagoa)。湖畔に建っているように見えるが、湖との間の平地に庭園が造られていて、その様子は3枚目の写真でよく分かる。2枚目と3枚目の写真は、サンミゲル島の宿泊施設紹介サイトにあったもの。
  
  
  

映画の中で、この立派な館を借りていたのは〔所有者かも〕、2人の姉弟。フリップがこっそり中を覗くと、1人の少女が、鏡の前に立ってバイオリンの練習をしている(1枚目の写真)。「僕が、初めてジョアナを見た時、彼女は、部屋の真ん中で、背を向けて、バイオリンを弾いていた。それは、幻のようだった。僕は目がくらみ、一目惚れの意味を悟った」(2枚目の写真)。フリップがじっとジョアナを見つめていると、突然、「誰だ?」という声がする(3枚目の写真)。「フリップ」。「ペドロ」。「幾つだ?」。「13」。「俺は 14だ」。「靴のサイズは?」。「37」。「俺のは42だ」。「ガールフレンドいるか?」。「ううん」。「これまで一人も?」。フリップは、首を横に振る。「女の子に 触ったこともないのか?」。「ううん」。「キスもか?」。首を横に振る。ペドロは、偉そうに 「俺が全部教えてやる」と言う。
  
  
  

3人は 湖畔に行く。ジョアナが 「ここには、家族でバカンスに?」とフリップに訊く。「父さんとだけ。君たちは?」。ペドロ:「俺たちには親父がいない」。「死んだの?」。ジョアナ:「いいえ。2年前、アメリカに働きに行ってから 一度も戻らなかったら、突然 離婚話が…」。「なぜ?」。ペドロ:「別の女とできてたんだ!」。「どうするの?」。ペドロ:「これからアメリカに行く」。「2人で?」。ジョアナ:「そうよ」。一連の会話のあとで、フリップは低い石塀の上に座り、花紋宝というタカラガイの一種を大事そうに手で撫でる(2枚目の写真/この貝は、後で2回出てくる)。そして、ジョアナに、「父さんがいないと大変じゃない?」と訊く。「大変よ。もし、このままいなくなって 無視でもされたら…」。フリップ:「一緒に住んでても、無視されたら?」(3枚目の写真)。ジョアナ:「そっちの方が最悪かもね」。
  
  
  

フリップが食堂で絵を描いていると、パウラが 「何 描いてるの?」と訊く。フリップが描いていたのは赤ん坊の時の父。「赤ちゃんを見てるのは、誰?」。「僕の父さんの父さん。水兵さんで、海から戻ってくると、父さんを叱るんだ。父さんが 嫌いだったし、自分の息子じゃないって思ってたから」(1枚目の写真)〔フリップ自身の被害者感情を重ね合わせている〕。この作り話に、横で聞いていた父は、「何とバカげたことを!」と強く否定する。そして パウラに 「私の父は、高校の教師でした。泳げなかったから、船に乗るのを怖がってましたよ」と説明すると、フリップを睨みつけて部屋を出て行ってしまう。パウラは 「なぜ、あんなこと言ったの?」と、たしなめるように訊くが、フリップが無視して何も答えないと、こちらも立ち去る。「パウラさんは、僕たちのことを知らないから、僕が何をしたのか分かってない。僕は、父さんに仕返ししたかったんだ」。そうは思ってみたものの、フリップは父のことが心配になり、窓から覗いてみる(2枚目の写真)〔この時の父の映像から、2人が家の2階を占有していることが分かる/パウラは1階に暮らしていて、2階をバカンス客に貸している〕
  
  

ある意味、とても重要な場面。フリップは、木の下のベンチに腰かけている父に近寄る。父は 「過去は変えられない」と言う(1枚目の写真)。「申し訳ないとは思うが、できない。だから、このバカンスで、忘れてくれたらと思う。これまで、時間を取ってやらなかったことで、お前をすごく苦しめてしまった。だが、今は こうして一緒にいて、何でも好きなことができる」。「なぜ、今まで、時間を作ってくれなかったの?」。「仕事と、その成功が、お前よりずっと大切だった。時間を縛られることが怖かったんだ」。「僕が病気になっても、部屋にすら来なかった。僕の学校のことなんか、興味はゼロ。ガールフレンドがいるか、一度だって訊いたこともない。僕に 生まれて欲しくなかったの?」。父は答えない。「どっちなの?」。「子供は欲しくなかった。母さんには、ずっとそう言ってきた」。「なぜ?」。「縛られるのが嫌だった。好きなように生きたかった」。「僕、なぜ、生まれたの?」。「母さんが望んだからだ」。この言葉にショックを受けたフリップは、父から距離を置いて、力なくベンチに座る。そして、「なぜ、僕たち ここに来たの?」と尋ねる。「あと少ししか生きられないからだ」。この言葉に、フリップの表情が変わる。「病気なの?」。「そうだ」。「エイズ?」。「肺に癌がある」(2枚目の写真)。「治せないの?」。「発見が遅すぎた」。「いつ死ぬの?」。「数ヶ月だ」。「一度、母さんがお祖母ちゃんに話してるの聞いたことがある。父さんは、アゾレス諸島で死にたいと思ってるって… だから、ここに来たの?」。「そうだ」。「バカンスが終わったら、僕は一人で家に戻るわけ?」。「そうなるな」。フリップは、今まで嫌っていた父に抱きつく(3枚目の写真)。「僕の胸は、鉄が突き刺さったように痛んだ。でも、父に泣くところを見られたくなかったので、涙を呑み込み、何も言わなかった〔この部分だけ観ると、「不治の病」の “お涙頂戴映画” かと思ってしまう〕
  
  
  

ここで、再び俯瞰映像。さっきは、フルナス湖が映り、その場所は確かにフルナス湖だった。今度映ったのは、テルセイラ島のサンタ・バールバラ(Santa Bárbara)という小さな町。ただ、いろいろと捜してみたが、この町には映画に出てくるような場所は存在しなかった。そこでは、お祭りが行われ、出店も並んでいる。先の会話以来、フリップと父は友達のように仲がいい。祭の主役は牛のようで、フリップは、「牛は今すぐ殺されるの?」と 父に尋ねる。「いいや、明日だ。今日は、自分達を食べる人々に対する、太り具合の “お披露目” なんだ」。「聖霊は、牛たちが殺されるのを “良し” とするの?」。「そうみたいだな」。「殺すトコ、見たことある?」。「ああ。首を刺してから、胸を開き、血を土器の椀に流し込むんだ」。「残酷だね」。話がここまで来た時、親子はジョアナと兄に会う。父は、フリップの役に立とうと、「何か食べに行かないか?」と2人を誘う(1枚目の写真)。4人がオープン・カフェのテーブルに座っていると、両脚のない男性がテーブルの空いた側にやってくると、戦争で脚が吹き飛ばされた状況を身振り手振りで話す(2枚目の写真)。話が終わると、木のコイン(円盤)を投げて、地面に立てたボーリングのピンを倒すゲーム。さっきの男がトライして、場が盛り上がる(3枚目の写真)〔左から、ジョアナ、パウラ、ペドロ、両脚のない男、タクシー運転手、父、フリップの6人全員が揃っている〕
  
  
  

再び2人だけになると、フリップは 先ほどの話に触発されて 父の戦争体験を訊く。父は戦争について話すと、最後に こう付け加えた。「戦争が終わった時、わが国でもお祭り騒ぎになった。喜びの中で 誰もが思った… 世界は変わるに違いないと。だが、お祭り騒ぎが終わったら、何も変わっていないことに気付いた。世界は昔と変わっていないし、将来も変わらないだろうと。原因は我々にある。大人になると、夢を見ることをやめてしまうんだ」。フリップは 「父さんも、やめちゃったの?」と訊く。返事はなかったが、フリップは父の腕を握り 「父さんのこと、好きだよ」と言う(1枚目の写真)。「父さんのことを知ったことで、僕は、自分や身の回りの世界がより良く理解でき、それを受け入れることができた」。次に、フリップはパウラと2人だけで話す。「ボーイフレンドいる?」(2枚目の写真)。「いいえ」。「一度も誘われなかったの?」。「あるわよ。でも、その気になれなかった」。「どうして?」。「好きになれなかったから」。「みんな、年下だった?」。「何人かは。年上の子も」〔会って2回目の年上の女の子に、こんなことをストレートに訊けるものだろうか? 後で、これが “空想の世界” だと分かると、この唐突さも理解できるのだが…〕
  
  

早朝、フルナス湖畔の大木の下で、フリップと父が話し合う。フリップ:「父さんの父さんが死んだ時、父さんは幾つだった?」。「お前くらいの年だ」。「どうして死んだの?」。「自殺した」。「寂しかった?」。「ああ。父はとてもいい人だったからな。友だちみたいに」。「父さんや、お祖母ちゃん〔父方〕は貧乏になった?」。「そうだ… なぜ、訊く?」。「母さんと結婚したのは、金持ちになるため?」〔自殺したのは父が13歳の頃なのに、変な質問〕。「違う。結婚した時には、もう弁護士だった」。「母さんの父さんの法律事務所だったよね」。「誰に聞いた?」。「お祖母ちゃんの口癖だよ。お祖父ちゃんの事務所が欲しいから、結婚したんだって…」。「あの女(ひと)は 父さんをずっと嫌ってるからな」。「なぜ、結婚したの?」。「母さんが妊娠した時、お祖父ちゃんは激怒した。父さんは まだ見習い弁護士だったんだ。お祖父ちゃんは、母さんに産むなと頼んだが、母さんはお前が欲しかった」(1枚目の写真)「結局、お祖父ちゃんは、2人を結婚させ、父さんを共同経営者にした」。「結婚が許されなかったら、僕は生まれなかったね」(2枚目の写真)。父はフリップを抱きしめる(2枚目の写真)。「死ぬことで残念なのは、僕のこと? それとも事務所や成功?」。「お前だよ」。
  
  

午後になり、2人は湖に泳ぎに行く。岸辺で服を全部脱ぎ捨て 全裸で戯れる(1枚目の写真)〔この場所は、一番最後の写真から分かるように、ジョアナたちのいる館から500メートルほどしか離れていない〕。ところが、それを木陰から見ていた男がいた(2枚目の写真)。この男は、うす汚れた “制服の成れの果て” を着た浮浪者で、2人が脱ぎ捨てていった服を全部拾い集める。そして、「おい、あんたたち!」と呼びかける(3枚目の写真、矢印については次節で言及)。「裸で泳いじゃ いかん!」。父は、「ごめんよ、知らなかった」と謝る。「ここは、フランスじゃない。女どもが見たら、何て思う?!」。「だが、こんなトコ、誰も通らないと思ったんだ」。「だが違ってたな。俺がいるじゃないか」。そして、さらに、「もし、俺が あんたたちの服を持ってったら、どうやってそこから出るんだね?」と意地悪く 訊く。父:「望みは何だ? 私と話し合いたいのか?」。「やってみたら?」。
  
  
  

父は仕方なく、裸のまま桟橋に上がり、フリップもそれに続く。2人が自分の方に来る気でいるのを見た浮浪者は、服を持ったまま逃げ出す。2人は、裸のまま林の中を追って走る(1・2枚目の写真)。男は、逃げながら、服を1枚ずつ投げ捨てていく。2人は、それを拾いながら、さらに後を追う。全部拾い終えた2人は、拾った服で前を隠す。そして、父は 「あんた うすらトンカチか?」と、呆れて訊く。男は 「気に食わん! いつか、俺を思い出して寂しくなるぞ。その時になって後悔するなよ」 と吐き捨てるように言う。そして、フリップを指差し、「坊主、お前のことは、しばらく見逃さんからな」と、ニヤニヤしながら付け加えると、平然と去って行く。この意味がよく分からない2人は、唖然とした顔で男を見送る(3枚目の写真)。この、「しばらく見逃さんからな」には二重の意味がある。フリップは、暗くなってサマーハウスを抜け出してジョアナの館に行く時、見張っていた男に捕まりそうになる。これが直接的な意味。もう一つは、1つ前の節の写真に映っていた、矢印の “鍵”。これは、フリップがリスボンに戻ってから、学校の守衛が付けているものと同じで、この守衛も、無断早退して逃げ出したフリップに対し 「気に食わん!」と ブツブツ言う。これが、もう一つの意味。フリップの空想の中に、現実が忍び込んでいる。
  
  
  

町でペドロに会ったフリップは、“先輩” から色々と教えてもらう。「女の子は俺たちとそっくりだ。セックスのことしか考えてない。多分、俺たち以上に考えてるかも。お互い望んでるのは “闘牛” さ」。フリップには、よく意味が分からない(1枚目の写真)。「薬屋のパウラ知ってるか?」。頷く。「彼女の親父がいない時、体重を測るよう頼まれたことは?」。首を横に振る。「まあ、お前はヒヨッコだからな。俺みたいな男だと、中に入れてから体重を測る。それから “闘牛” だ」。「なぜ?」。「テーブルに体重がかかるからな」(2枚目の写真)。「パウラと何するの?」。「何でもあり! しちゃいけないのは 処女を奪うこと。それ以外なら 好き放題さ」。そんな怖い話を聞き、フリップは「君のお姉さんも 同じだと思う?」と尋ねる。「よく分からんな。姉さんと バイオリンの教師とは、できてるかもな」。「先生って何歳?」。「知るか。お前の親父ぐらいだろ。若い子は、時々 年寄りが好きになる。経験豊富なトコに惹かれるんだな」〔すごく赤裸々で、思春期の映画にはどうかと思うが、これも、フリップの空想の世界だと思えば、興ざめにはならない〕
  
  

サマーハウスに戻ったフリップが 父と一緒に料理を作っている。担当は芋の皮剥き。父は、黙々と作業をする息子を見て 「えらく静かだな。ジョアナのせいか?」と訊く。「うん」。「好きになったのか?」。照れ笑いして 「まあね」。「いつから?」。「一目見た時から」。「彼女も、知ってる?」。「ううん」。「打ち明けないのか?」。「女の人が好きになったら、どうするの?」。「口で言う。または、態度で示す」。「どう示すの?」。「いつもそばにいて… 優しく気を配り… プレゼントする… 愛情と優しさで包み込み… 彼女の人生や家族に興味を示す…」〔ペドロ流とは違って “古典的”〕。そう説明すると、「彼女の兄さんは、このこと知ってるのか?」と訊く。「知ってる… オナニーの時、ジョアナのこと考えろって教えてくれた」(1枚目の写真)。「オナニーするのか?」。「まさか」。「彼、他には、何を教えた?」。「何もかも!」〔これも、フリップの空想の世界らしい〕。ここで、話題が変わる。フリップは、「僕、2人と一緒にアメリカに行っていい?」と、信じられないようなことを訊く〔空想の世界だから 言えること〕。「母さんは どうなる?」。「アメリカに行って、将来 職に就いたら ジョアナと結婚する。そしたら、母さんを迎えに来る。アメリカなら、大金を稼げるでしょ」(2枚目の写真)。「もっと考えた方がいいぞ。それは、重大な決断だ。ひょっとしたら、母さんと二度と会えなくなるかもしれん」。「でも、ジョアナを失っちゃうよ」。「人生で一番辛いことの一つは、選択を迫られることだ」。「大きくなるのって怖いね」。
  
  

辺りが薄暗くなった頃、フリップは こっそりサマーハウスを抜け出し、ジョアナの館に向かう。途中で牧場の木の柵を乗り越えたところで、待ち構えていた浮浪者に捕まる。「おいこら、こんな時間にどこに行く?」(1枚目の写真)「お前の親父は、行き先をちゃんと知っとるんだろうな? 一緒に訊きに行こうか?」。フリップは、浮浪者の手を振り払って逃げ出す。浮浪者は、「フリップ、フリップ、戻って来い、フリップ!」と、名前なんか知らないハズなのに怒鳴る。そして、フリップが一目散に逃げていくのを見て、「気に食わん!」と ブツブツ。次のシーンでは、フリップとジョアナが、館の前のベンチに ぴったりとくっついて座っている。「やっぱりアメリカに行くの?」。「ええ」。「一緒に行っていい?」。「お父さんは?」。「父さんなんか どうだっていい!」。「すぐ 亡くなるのに…」〔どうして 知っているのか? すべてが フリップの空想だから〕。「なぜ、一緒にアメリカに来たいの?」。「君が好きだから」。「私もよ。でもね、まだ家族と別れるの早すぎない?」。「君の方が、家族より大事だ」。「こうしましょ。あんたが大きくなった時、もし まだ私を好きだったら、その時 会いましょ」。「僕が 大きくなる前に、君の方が ボーイフレンド作っちゃうよ」。「ううん、約束する」〔現実には、こんなことは あり得ない〕。フリップは、手に持っていた花紋宝をジョアナに渡す。「これ持ってて。約束、忘れないように」(2枚目の写真、矢印)〔花紋宝の2度目の登場。3度目は現実の世界に戻ってから〕
  
  

翌日の朝、父は髭を剃り、フリップは “信じられないほど小さな” バスタブに入っている〔これ1つしか置いてないようだが、大人もこれを使うのだろうか?〕。父は、「あのあと ジョアナに会いに行ったか?」と尋ねる。「うん」(1枚目の写真)。「恋してると話したか?」。「ううん」〔この “否定” は、①打ち明けたのに、恥ずかしいから否定したのか、①フリップは “Porque gosto(好き) de ti” と言ったが、父は “E disseste-lhe que estás apaixonado(恋してる) por ela?” と訊いたので、レベルの違いを否定したのか、は不明〕。「キスしなかったんだな?」。「してない」。このあと、フリップは尋常ではないことを訊く。「なぜ、父さんと母さんは、夜出かけた時か、日曜の朝しかセックスしないの?」。父は 「何だと? 何で知ってる?」と驚く。「寝室のドアまで何度も行って、セックスするの聞いてたから」(2枚目の写真)。「部屋まで来たのか?」。「ドアの前だよ」。「中には?」。「入ってない。だって、見るのが怖かったんだもん」。「どうして?」。「最初の数回は、何してるか分からなかったから、母さんを虐めてるのかと思ってた。何してるか知った後は、見るのが怖くなった」〔ここも、すごく赤裸々で、思春期の映画にはどうかと思うが、これも、フリップの空想の世界〕
  
  

フリップと父は、このあと、町のカフェに出かける。ぶすっとした態度のウェイトレスが注文を訊きにくる。父に飲み物を訊かれたフリップは、冗談に、「ジン・トニック」と言い、父を慌てさせる(1枚目の写真)。そして、先ほどの会話の続き。父は 「お前が、寝室まで来たって話、母さんにしたことあるか?」と 改めて訊く。「気は確か?! そんなの、母さんとする話じゃないよ!」。これで 父はホッとするが、「母さんには話さなかったけど、お祖母ちゃんとは話したよ」の一言でゾッとする。「お祖母ちゃんだと?!」。「そうだよ。なら、誰に訊けばよかった? 近所の人?」。「彼女、何て言った?」。「僕が、またドアまで聞きに行ったら、地獄に連れて行ってやるって」。その時、注文した飲み物が持って来られ、会話は中断する。そして、カメラの角度が変わり、このカフェ・テラスが海に臨んだ場所にあることが分かる〔いつもの町ではない〕。この後の会話は、今朝のバスタブでの会話より さらに際どく、この映画が現実だとしたら、13歳の少年には全く相応しくない〔映画初出演のアフォンソは、赤面したのでは?〕。「母さん以外の女性とセックスしたことは?」。コーヒーを飲んでいた父は、思わずむせる。「あるとも」。「みんな同じ?」。「何が?」。「セックスだよ、一人一人違う?」。父は、まともに答えられず、「知らん、知らん」と打ち切り、「何て、おぞましい」と叱る。「じゃあ、僕、このこと誰に訊けばいい? お祖母ちゃん?」。この、もっと “おぞましい” 提案に、父は、「お祖母ちゃんとは話して欲しくない。父さんでいい」と 譲歩。「じゃあ、誰とセックスしても同じかどうか 教えてよ」。この ひどい質問に対し、父は、直接答えるのを避け、「人はお互いに違うものだ」という一般論を持ち出し、さらに、「大きくなれば分かる」と逃げる。そのあとも、フリップは許してくれない。「最初にセックスしたの、幾つの時?」。「16歳だ」。「遅いね。もっと早くできなかったの?」。「もちろん、できたさ」。「じゃあ、なぜ しなかったの?」(3枚目の写真)。「機会がなかったからだ! 何てこと言わせる」。フリップは、一番知りかったことを訊く。「ジョアナのこと どう思う?」。「楽しい子だ」。「セックスしようって誘ってもいいかな?」。「さあ… どうかな…」。「で?」。「やめといた方が…」。「僕より年上だから?」。「ああ」。「分った。やめとくよ」〔現実の世界では、小心なフリップには何もできない。空想の世界なので 目一杯 羽目を外してみたが、やっぱりできなかった〕
  
  
  

その夜、悪夢を見て うなされたたフリップは、父に起こされる。そのせいで、具合の悪くなったフリップが、日中になってもベッドで横になっていると、ジョアナが お別れを兼ねて お見舞いに来てくれる(1枚目の写真)。「具合はどう?」。「いいよ」。「まだ熱があるの?」。「うん。僕が病気だって、誰に訊いたの?」。「あんたのお父さん」。フリップは、父の配慮に感謝するが、悲しそうに訊く。「明日、行っちゃうの?」。ジョアナは頷く。その後も、うなだれたままのフリップを見たジョアナは、ベッドに腰を下ろすと、フリップの手に手を重ね、「私、あんたのことが とっても好きよ。だから、絶対に忘れない」と、話しかける(2枚目の写真)。そして、必然の成り行きとしてのキス(3枚目の写真)。かくして、ジョアナは去っていった。「僕の、ファースト・キスだった。暗くなるまで、温かな香水の匂いを逃さないよう、僕は目を閉じ、唇を動かさなかった〔フリップの空想の世界だから、ファースト・キスでの別れは当然〕
  
  
  

翌日、フリップと父、それに、サマーハウスの家主パウラ、3人を乗せてきたタクシー運転手、プラス、なぜか傷痍軍人も加えた5人が、アゾレス航空(Air Açores)に乗ったジョアナとペドロに手を振って見送る(1枚目の写真)。フリップは手を振りながら、一瞬、父と目を合わせ、悲しさで一杯の表情を見せる(2枚目の写真)。「ジョアナとペドロが去った日、休暇は終わり、次に退場するのは僕だと悟った」。
  
  

夕食の席は、しんみりと沈み込んでいる。父は 「母さんや、お祖母ちゃんが恋しいか?」と訊く。「ぜんぜん」。「2人と暮らすのは大変か?」。「時々」。「おっかない “女性帝国” だな」。その言葉に、フリップは 思わずニンマリする(1枚目の写真)。そのあとで、父は 「休暇は楽しめたか? 関係は修復できたか?」と訊く。フリップは、思わず泣きそうになる。「悲しむな。父さんとの休暇は、ずっとお前の記憶に残るんだ」。こう総括すると、父は席を立ち、プレゼント包装した日記帳をフリップに渡す(2枚目の写真)。「お前への贈り物だ。その日記に最初に書くことは、これから父さんがお前にする “お話し” にして欲しい。それでいいか?」。フリップは笑顔で頷く。父は、フリップを呼び寄せ、膝の上に座らせる。そして、バッハにまつわる “お話し” を聞かせる(3枚目の写真)。それは、大音楽家として2ヶ月の演奏旅行に出かけて帰宅すると、妻と2人の子供が亡くなり、既に埋葬されていたという話だった(1720年)。父は、最後に、墓参の後、バッハが日記に 「神よ、私から 幸せの思い出を奪わないで下さい」と書いた、と話す。
  
  
  

翌朝、サマーハウスの前でタクシーを待つフリップ(1枚目の写真)と父。いつものタクシーが近づいてきて停車する。2人は “終(つい)の別れ” を悲しみ、かたく抱き合う(2枚目の写真)。そして、フリップは1人でタクシーに向かう。昨日の空港での見送りのことを考えると、奇異に思える別れだ。フリップがタクシーに乗り込むと、独白で、その理由が判明する。「父さんは、空港に行きたくなかった。タクシーでの別れと、空港での別れは違うんだそうだ。タクシーに乗る時、誰も、永久にさよならなんて思わないからだとか…」。
  
  

独白は、そのまま続く。「僕が リスボンに着いた時、服には父さんの匂いが染みついていた。僕は決して父さんを忘れない」。先の独白から、ここまでの文章を、フリップがペンで書き綴っている。そして、ここまで書くと、筆を置く。フリップは学校の教室にいて、白いYシャツに きちんとネクタイを締めている〔開襟シャツの生徒もいるので、フリップの母が服装には厳格なことが推測される〕。フリップは、レポートを閉じて改めて表紙を見る(1枚目の写真)。そこには、標題として、映画と同じ 「Adeus, Pai」と書かれている(矢印の部分)。これで、終了したと思ったフリップは、鞄を出して筆記用具をしまうと、1人を除き、すべての生徒がまだ書いている中で、席を立ち、教壇まで行く。そして、レポート第1号を読んでいた女性教師の前に立つ。その時に映る教師が2枚目の写真。あらすじのこの部分から、横長の写真が始まる。左側の通常サイズの写真は、その場面のシーン。右端の黒枠の小さな写真は、以前使用した写真の一部で、アゾレス諸島で登場した “空想上” の人物。この場合は、サマーハウスの家主パウラ。2つの写真は、可能な限り、同じ顔の大きさになるようにして、対比しやすくした。教師とパウラの場合、2人とも同じ眼鏡をかけているので分かりやすい。教師は、読んでいるレポートから目を離さず、「ここに置きなさい」と、教壇の空きスペースを指す。しかし、フリップが、じっと立ったままでいると、眼鏡を下げて 「どうしたの?」と訊く〔この動作も、パウラと同じ〕。フリップが、恐る恐るレポートを渡すと、教師は標題を読み上げる。「『さよなら、父さん』? お父さんは、どこかに行かれたの?」。「いいえ、先生、死んだんです」。そんな話は聞いてないので、教師は 「何ですって?!」と驚く。すると、フリップは、何の説明もなく、いきなり教室を飛び出て行く。
  

フリップは、廊下を全力で駆け抜ける。そして、学校の正門から出ようとして、守衛に 「まだ 下校時間じゃないぞ」 と阻止される。このシーンは、島で、柵を乗り越えた後に 浮浪者に捕まった時の場面と酷似している。浮浪者は腰に鍵を下げていたが、この守衛も分かりづらいが、同じ場所に鍵を下げている。フリップ:「家に帰るんだ!」。守衛:「誰が許可した?」。「離せよ!」。こう叫ぶと、フリップは守衛の手を振り切り、門の隙間から外に逃げ出す。守衛は、「フリップ、フリップ、戻って来い、フリップ!」と怒鳴る(2枚目の写真)。そして、戻る様子もないので、「気に食わん!」と ブツブツ。これは、島の浮浪者の言葉と全く同じだ。ここでも、2枚の写真を対比しよう。島の浮浪者は、フリップが嫌いな守衛を擬人化しただけに、ダメ人間にされているが、人物は同じ。

次に、フリップは本屋に寄る。親しい店主は 「やあ、フリップ」と声をかける。「君の雑誌は、まだ入っとらんぞ」。フリップは、日記帳を棚から取ると、「これ買うよ」と差し出す(1枚目の写真)。日記帳を手にした店主は、「君が書くのかい?」と尋ねる。「そうだよ」。「じゃあ、君に進呈しよう」(2枚目の写真)。この時の対比写真は、両脚のない傷痍軍人。ベレー帽から髭の形まで同じだ。両脚のない男にしたのは、店主がいつも同じ場所に座っているからであろう。こうして 3人が連続すると、観客にも、そろそろ、“島での突然で奇妙な休暇は、現実ではなく、フリップの空想なのでは” という疑問が湧いてくる。
  

フリップが、建物〔意味不明〕の2階から外階段で降りてきた所で、親友のペドロとばったり出会う。彼は、島と同じで、自転車に乗っている。ペドロは、「散歩しないか?」と誘う(1枚目の写真)。対比写真では、髪形が違う以外は、名前まで同じ。ペドロ:「なに悩んでる? 学校で やらかしたのか?」。「ううん」。「親父は、今日、離婚にサインする」。「父さん来るの?」。「いいや、代わりに弁護士が来る。俺と姉さんは、親父とクリスマス休暇を過ごすんだ」〔島で、“アメリカまで離婚阻止に行く” と意気込んでいたのと比べると、全然気にしていない様子〕。そして、ジョアナのことを話し始める。「姉さんが 誰とつき合ってるか見つけたぞ」。「誰?」。「5階のブルーノだ。庭で一緒にいるのを見た。抱き合ってキスしてた。奴は体でおっぱいをこすり、手はスカートの中だ。あとちょっとで、姉さんは処女を失うな」(2枚目の写真)〔現実は、夢と全く違っている〕。フリップは、もう一度建物の中に入り、今度はエレベーターに乗る。そして、「B」号室のドアベルを押す。ドアが開くと、ジョアナが顔を見せる。「何か用?」(3枚目の写真)。対比写真で、外観はほぼ同じ。ペドロの意中の人だからであろう。「ペドロ、いる?」〔さっき下で別れたところなので、明らかな嘘〕。「いいえ。自転車を乗りに出かけたわ。あなた、フリップ?」〔ほとんど面識がない!〕。「うん」。「何か伝えることある? 兄さんに」。「ううん」。「悪いけど、バイオリンの練習の途中なの。じゃあね」。ジョアナは、そう素気なく言うと、バタンとドアを閉める〔もう一度書くが、現実は厳しい〕。フリップはうなだれたまま、しばらく動かない。
  

フリップは、家に帰り、2階にある広々とした居間に入って行く(1枚目の写真、①はフリップ、その右に階段がある、②は祖母、③は母)。フリップは、まず祖母にキスをもらって 「えらく静かね」と言われ、次いで母にキスをもらう〔何れも頬〕。そして、イスに座ると、さっそく母が、「学校は ちゃんとできた?」訊く。「したよ」。「何をしたの?」。「昨日と同じ」。祖母が、「今日は、新しいこと、何もしなかったの?」と訊く。「作文を書いたよ」。「何の?」。「この前の休暇について」(2枚目の写真)。母が 「何を書いたの? シントラへの旅行で、お祖母様が転んだこと?」と訊く。祖母は 「笑っただけで 助けもしなかったこと?」と、意地悪く 付け加える。
  
  

そこに、女中が入って来る。「よろしいでしょうか、奥様」(1枚目の写真)。対比の写真は、最後の頃にチラと登場したカフェのウェイトレス。素っ気ない感じがそっくりだ。「お医者様の運転手が、食料品を届けに参りました。何か他にご用命は?」。「ここに 寄こして」。女中が出て行くと、母は、フリップに、「先生から呼び出しがあったけど、なぜだか知ってるわよね?」と質問する。「ううん」。「さっき先生から電話があって、明日、あなたと一緒に学校に来て欲しいって」(2枚目の写真)。それを聞いた祖母は、「何か悪さ したのね?」と、すぐにあら捜し。フリップが返事に困っていると…
  

そこに、運転手が入って来る。彼の丁重な挨拶に対しも、祖母は 実に素っ気ない。彼は、最後に、「今日はフリップ」と呼びかけ、フリップは帰宅して初めて笑顔を見せる。母:「アマデオさん、明日の午後、迎えに来て、私とフリップを学校まで送って欲しいの」と頼む。「何時でしょうか、奥様?」(1枚目の写真)。対比の写真は、島のタクシー運転手。フリップの独白でも「優しい目をした」と言っていた。まさに、その通り。「3時だけど、いい?」。「結構です、奥様。お医者様は、明日は終日用がないと言っておいででした」。「それで、日曜には、フリップをサッカーに連れて行くつもりなのね?」。「はい、そうしたいと思います。素晴らしい試合ですから」。フリップの顔は喜びに輝いている(2枚目の写真)。運転手が、出て行くと、さっそく祖母が文句を言う。「私とミサに行きたくないから、サッカーに行くのね! もう1ヶ月以上、一緒に行かない言い訳ばかり。私と一緒に教会に行くより、黒人と一緒にサッカーに行きたいの? あの男、この子に、何を吹き込んでいるやら」。たまりかねたフリップは、母に、「部屋に行ってもいい?」と許可を求める。「いいわ」〔それにしても、最悪の祖母。娘を寝取ったフリップの父に対する怒りを フリップに向けている〕
  

フリップは立ち上がり、部屋に行きかけるが、急に振り返って、「なぜ、父さんの望んだようにしなかったの?」と母に訊く。「お父さん、何を望んでたの?」。「僕なんか産まないで欲しいって!」(1枚目の写真)。この強烈な言葉に母は茫然となる。深夜になり、ベッドに横になったフリップは、日記帳を開くと、最初のページに、空想の旅の中で、父から、「その日記に最初に書くことは、これから父さんがお前にする “お話し” にして欲しい」と言われた通り、「神よ、私から 幸せの思い出を奪わないで下さい(Deus meu, faz com que eu não perca a alegria que há em mim)」と書き込む(2枚目の写真)。すると、ドアのバタンという音がして、父が帰宅したことが分かる。そこで、フリップは日記帳をサイドテーブルに置く(3枚目の写真、横には、空想の中でジョアナに渡した花紋宝が置いてある)。対比の写真は、フリップが湖畔で大事そうに撫でていた時のもの。
  
  

フリップは、父の声が聞こえる書斎めがけて階段をそっと上がって行く。父は、小さな書斎で、帰宅早々 立て続けに携帯で仕事の電話を2本かけている(1枚目の写真)。電話を終え、人の気配を感じた父が振り向くと、そこには、自分をじっと見つめるフリップがいた。そして、たまらなく寂し気なフリップの顔がクローズアップされる(2枚目の写真)。父は無言のまま立っているだけで、2人の間には何の意志の疎通もない。
  

そして、画面は、フルナス湖畔の桟橋に変わる。全裸のフリップが走って行き、湖に飛び込む(1枚目の写真)。そして、後から父が走って行き、同じように飛び込む。仲睦まじく水の中で戯れる2人の姿を背景に、エンドクレジットが始まる。これは、空想の中でしか父と親しくなれないフリップの運命を象徴したものなのだろうか? それとも、これを機会に、2人の関係は好転し始めるという期待感なのだろうか? 因みに、2枚目の写真は、この桟橋の別の角度からの写真。ジョアナの館が映っているので、両者がかなり近距離にあることが分かる。
  
  

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